小南

小南

クソオスでも喫茶店でかき氷を食べたい!

 とても腹が減っていた。コンビニで済ますには空腹が過ぎるし、だいたい食べる場所がない。正確には食べる場所は存在するんだけど、俺は人の多い場所が嫌いだ。学内は憎くも大盛況、近くの飯屋も昼時で大混雑。気が狂うほどの猛暑もあって、何としてでも屋内で昼飯を食べたい。そう思って、俺は照り返す熱波の中を一路に歩き出した。

 

 それはそれは屋台の鉄板の上を歩くような地獄で、セミすら悲鳴を上げていた。聞いた話では、蚊すら猛暑により激減したそうで、そんな猛暑のことを頭の中でグルグルさせながら「辛い」とだけは思わないように大声で流行りの曲を歌ったりしながら静かな場所を求めていたんだけど、身体ってのは正直で、脂汗でシャツがグジュグジュになって俺はいつの間にかジャップクサオスと化していた。

 

 2キロほど歩いたろうか。俺はジャップクサオスの上にクソデブだ。頭にはいよいよ「死」というものが浮かんだ。眩暈がしてきた。もう限界だ。目に入る店はいちいち輩が支配している。近くの店が空くまでエアコンに当たりながら待っていれば良かったじゃないか。だけど俺はゲェジだからそのような聡明な選択は出来ないし、引き返すにも遅すぎる。抜け殻になってふらふら足を運ばせていたその時だった。

 

「氷」

 

 その時の俺は砂漠でオアシスを見つけた遭難者だった。高木に囲まれた青い屋根のレンガ造りの屋敷のような喫茶店、前々から存在は知っていて行こうとは思っていた店だった。

 

 しかし問題があった。今、俺は深刻なジャップクサオスだ。このような気品のある店にジャップクサオスが入った暁には、人々の刺すような視線に晒されるだろう。俺にだって羞恥心くらいはある。さすがに一度立ち止まった。また歩き続けるのか、それとも健常空間の中で笑い者にされようがかき氷にありつくのか。俺は自分の身の上のことを考えた。

 

 自慢になってしまうけど、俺のじいちゃんは金持ちだ。ドエラい金持ちだ。俺はじいちゃんのツテで今半にだってホテルオークラの最上階にだって飯を食いに行ったことがある。それに、1年前に放浪をしていた時だって、5日飲まず食わず風呂もない状態でもデパート内のルイ・ヴィトンを練り歩いていたし、豪雨でずぶ濡れだろうと深夜の西新宿のデニーズでドリンクバーだけ頼んだ、俺はそういう男だ。俺は他にも幾多のドレスコードを打破してきた。俺は無敵だ。そう考えられれば選択肢は一つ、俺は喫茶店の入り口に向けて足を踏み出した。

 

 重い扉を開けると吊るされていたベルが涼しく鳴る。と同時に、そこがいかに健常感に包まれた空間かを警告する合図にもなった。

 

 時間帯もあって、初老の男女が8人いただろうか。それぞれ一人か二人組なんだけど、俺を目で殺してくるタイミングは打ち合わせをしたかのように揃っていた。店員も美術系に富んでいそうな若い女が数名、30前半くらいの丸眼鏡を掛けたいけ好かない男店長1人。だけど俺はそんな事では屈しない。俺は金持ちの孫だ。だいたいそこにいる奴ら全員、都内と言えど所詮、都心から30分は掛かり、かつ、地形的に大雨が降れば一瞬で沈むような場所に住んでいるような輩で、何賺しとんじゃボケ、どうせお前ら倹約してるから貯蓄だけ多いタイプだろうし、モノホンの金持ち知っとんのか、と。

 

 俺はわざとカウンター、それも店長の目の前に座った。いくら気に食わなかろうと初対面の相手にはちゃんと目を合わせるのがスジだろう。ウェイターの健常女が出てくるや否や、俺は重い声で「かき氷、梅」と。店員が明らかに不機嫌になっていた。

 

 賺した店にしては意外と早くかき氷が出てきた。滑らかな氷と梅シロップ、練乳、梅ゼリー、青梅、という風に味、食感には富んでいたけど、量は明らかに値段と釣り合わない。なんだか食器もいちいち値が張ってそうだ。そこら辺はさすがに承知していたけど、想像以上に店員が不機嫌になっていて、俺も人当たりが良くない方だからあまり言えないけど、「それでも接客業か!」と言いたくなる程だった。味は良かった。想像通りだけどこれで良しという感じ。満点。

 

 会計の時も、健常女の釣りを渡す手が引き気味だった(俺はそこら辺を汲んで元々、札を釣銭箱に置いたはずなんだけど向こうから手を伸ばしてきた。)そんなこんなで、なんだかんだ満足して猛暑の中2キロ先の大学へ戻った。帰って来るなり自販機のスポーツドリンクを一気飲みした。